小松戦国物語


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[小松市の歴史物語] 〜関ヶ原直前の前田利家亡き利長の物語  七月二六日、和田山城に逗留。
 本格的に小松攻めの気配を見せる前田軍。
 しかし、小松城攻めを主張する利長の弟、猛将利政と、危険性の高い小松城をおき、
 大聖寺攻めを優先とする高山長房との間に意見が割れた。
 「目先の小松城を先に落とすのが常套手段であろう」
 「わが隊のみで充分、小松を落とす」
 武闘派の利政は強気である。
 「それは無理でござろう」
 「長重は、小松城に篭るのは見えてござる」
 長房も譲らない。
 このやり取りを見ていた利長はため息をつく。
 <どちらでもよいが・・・>
 利長の胸中は複雑であった。
 もともと今回の出陣に関して乗り気だった訳ではない。
 家康に心底屈服している訳でもない。
 母を人質にとられた前田家として、旗幟を鮮明にしただけに過ぎなかった。
 <今は、無駄な血を流す時ではないか>
 まだ利長は、長重がこの大軍をみて降参してくる事を祈っていた。
 そして、中央へ急ぐ意味もいまだに探していた。
 「大聖寺を先に落とす」
 利長のこの一言で、一応は場が収まったが、利政を含む武闘派は不服そうである。
 利政は渋々承知し、部屋を退出した。
 その姿を見て、利長が苦笑する。

 先鋒の利政が和田山より千代城を目指して移動を開始した。
 千代城は現在の千代町である。
 「そのような弱気な事では、先が思いやられるのお」
 利政はまだ小松攻めを避けたことが頭に離れない。
 帯同した横山長知が利政をなだめる。
 「利政殿、戦は始まったばかり」
 「まあ、よいか」
 <こちらから攻めなくとも・・・>
 利政は諦めていない。
 前田軍が小松城攻めをしなくても、丹羽軍の方が奇襲を掛けてくる可能性はある。
 戦好きな利政は、それを期待していた。
 その利政を心配しながら長知は、波佐谷城に向かった。
 この波佐谷城は急傾斜面の難所にあり、山がかなり険しい。
 いかにも、熊、猪など獣が出てきそうな府陰気を秘めている。
 横山隊が汗水を流しながら山頂を目指す。
 そして、利政隊、横山隊の両隊は、利長の指令を待った。

 ”前田軍動く”この報を聞き丹羽長重が奮い立つ。
 「よしゃ、出撃じゃ!!」
 丹羽軍が木場潟方面へ兵を繰り出した。
 丹羽軍は大きく舞台を3つに分ける。
 その陣容は、小松城方面よりの奇襲部隊及び、後詰の待機舞台。
 もう1つは、木場潟上を船より攻撃する舞台である。
 そして丹羽軍は、木場潟より手前にて密かに期を伺った。
 対する前田軍は、小松城よりの奇襲警戒のため、本隊の利長が前衛にて先へ進み、
 通常先鋒となる利政が、しんがりを受け持ち後方を進む。
 そして、丁度前衛の利長本隊が木場潟東の大半を通過した時であった。
 「なんじゃ!!」
 「小船にて襲うつもりか?」
 利長は正直言って少しなめていた。
 「気にせず、先を急げ」
 前田軍本隊は小船にかまわず、通過を優先した。
 ”パパパーン”
 小船より激しい銃弾が浴びせられ、前田軍の被害が広まっていく。
 「おのれ長重!小うるさいことを」
 あまりの激しい攻撃に利長がたまらず馬を降り、防御体制に入った。
 一方のしんがりを受け持つ利政隊も苦戦をしていた。
 <まずい!このままでは犠牲が大きく・・>
 「だれか、数百にて小松城にむけて走れ」
 利政は急遽決死隊を編成し、小松城に向けて走らせた。
 <追いかけてくれ>
 利政は祈った。
 決死隊が丹羽軍を突破し、小松城方面へ爆進する。
 すると、これを丹羽軍が追い始めた。
 「前田軍が小松へ向かったぞ!!」
 この時、長重は小松城と木場潟の丁度中間あたり、御幸塚城にいた。
 「何、前田軍が小松城へ向かっただと」
 「木場奇襲部隊を直ちに引かせよ」
 長重は突如、撤退命令を出した。
 実は、この小松へ押し寄せた兵の殆どは丹羽兵であり、前田軍はほんの僅かである。
 丹羽軍の偵察隊は、これを全て前田軍が押し寄せたものと感違いしたのであった。
 利政が歓喜する。
 <かかったな!>
 「全軍小松城へ付け入れい」
 利政の一声で、前田軍は怒涛の如く小松へ雪崩れ込んだ。
 小松城へ押し寄せること数刻、前田軍は攻めに攻めたが、流石に丹羽軍の守りは固かった。
 小松城を落とすことは出来ず、利長により退却命令が出される。
 終わってみると、前田軍は甚大な被害を出していた。
 利政の機転がなかったら、まだ被害を出していたに違いない。
 戦いも落ち着き、兵達は戦傷を弘法の水で癒した。
 その後、前田軍は陣形を整え、大聖寺方面へ兵を進める。

 木場潟の戦いにて、辛くも勝利を拾った前田軍。
 大聖寺城も落とし、越前へ侵攻する。
 利長は迷っていた。
 「どうする!丹羽が金沢で暴れているそうではないか?」
 利政が答える。
 「ここまで来たからには、進撃を続けるべきでは」
 2人の意図は明らかに違いを見せる。
 「金沢はどうするのじゃ」
 「一部のみを戻すのでは如何でござろう」
 「なんなら、この利政が引き返そうか」
 利政は、木場潟での苦戦が脳裏に離れていない。
 当然、決着をつけたいのが武闘派の血であった。
 利長はさらに考え込む。
 <家康のために、なんでわしがこんな無駄なことを・・・>
 考える込む事数時、利長は決断する。
 「引き返す!!!!」
 このまま敦賀、近江を抜け中央へ進出すると思われていたが、突如小松方面へ兵を引き始める。
 闘う事で価値観を得る猛将利政、お家一番が宿命の当主利長。
 利長は何も愚将ではない。
 偉大な父を持ち、百万石を守らなければならぬ焦り、利家の遺言、母の人質。
 様々な出来事に整理がつかないのが現実のところであった。
 そして、この気持ちは利長の心に押し込められた。
 その結果、前田軍のこの行動は謎に包まれることになる。
 一方、その報を須天で受けた長重が御幸塚城へ指令を出す。
 長重にしても、木場潟の戦い時の早とちりを悔いており、汚名挽回を狙う。
 その1つが、前田軍が留守の金沢を焼き討ちにした行為である。
 そして、今もう一泡をふかせようと虎視眈々と期を伺った。

 前田軍が再び来る。
 この報は、長重の心をさらに熱くした。
 もともと長重は十二万石の領主である。
 その十二万石が、百万石の大大名に堂々と挑んだのである。
 これは単に丹羽家の意地であった。
 丹羽家が西軍についたのは訳があった。
 利家死後の前田家が、芳春院を人質にとられ、家康側に付く前の話である。
 最初は家康の命にて、丹羽家が前田征伐の先鋒を言い渡された。
 しかし、前田家は芳春院を人質に出し、家康に屈する事になる。
 すると家康は丹羽家を差し置き、前田家を北陸軍の総大将的立場に任命する。
 石高が上であるのは仕方が無いが、長重にしては合点がいかない。
 長重は強情であるゆえに、当然家康に不快をあらわにし、
 前田家に敵意をもつようになる。
 ”前田が家康に、丹羽家の事を讒言したな”
 これが長重の本意あった。

 前田軍が小松方面へ引きかえし、御幸塚城を難なく攻略する。
 ここで1つ問題が起こる。
 行きは、小松城を先に落とすか、無視をし大聖寺へ兵を進めるかが問題となった。
 帰りである今は、撤退路に木場潟を西にとるか、それとも東にとるかである。
 撤退時に東をとる。
 それは敵を避けて通ることを意味し、即ち不名誉な行為とみなされる。
 当然の如く、ここでも意見が割れた。
 武闘派利政、もう一人の武闘派、長連竜が西ルートを進言する。
 利政はこの前田軍の金沢撤退も納得していない。
 <一体何をしに行ったのじゃ>
 利政は西軍の石田方に人質を取られており、本来ならば西軍と闘うことを望めない立場である。
 しかし、一度出兵したからには、武人である。
 闘うために中央へ向けて出兵したのであり、意味無く撤退するのは納得が行かない。
 そこで、もう一人の武闘派、長連竜を取り込み、強く西ルートを押した。
 これには、流石の温厚派、利長も抑えることが出来ず、遂に退却ルートは西と決まった。
 本隊の利長及び利政は、木場潟を東に進路をとった。
 利政は利長護衛のため、無理やり東ルートに加えられてしまった。
 利政はいらいらを隠せない。
 「ええい、なぜわしが東周りじゃ!!」
 「連竜殿との連絡を怠るな」
 丹羽軍は必ずしんがりである長軍に、仕掛けてくると読んでおり、連竜との連絡体制強化を急いだ。
 一方、木場潟西ルートは先鋒に高山長房を筆頭とし、山崎隊、奥村隊、太田隊がその後に続く。
 御幸塚を出立し、大領、浅井を通過する。
 この浅井には湿地帯が存在し、大軍が一斉に通れない鬼門となっている。
 畷とは縄状に細長い道の事であり、そこを通過しなければ先に進めない要所である。
 ここがかの有名な”浅井畷”である。  その畷に丁度、長軍本体ががさしかかった瞬間であった。
 ”うわーーりゃ”
 突如伏兵が現れた。
 丹羽軍である。
 「やはり来たか!!」
 警戒していた連竜であったが、視界も悪く長隊は浮き足立ってしまっている。
 丹羽軍は傘にかかって攻めてくる。
 もはや、敵味方判別出来ない程の乱戦となっていた。
 「殿!!」
 長家重臣、横田久右衛門が連竜に駆け寄った。
 「角左衛門であったか?」
 「殿、危なすぎまする。お引きくだされ」
 流石の連竜も、この乱戦では危険を感じていた。
 しかし、この状況では引くにも引けない状況である。
 ここで、沖角左衛門、長中務も配下を引き連れ駆けつけた。
 「横田殿、ここは殿を逃がすのが専決である」
 「ここはわれらに任せ、殿を連れ出されよ」
 「分かり申した」
 久右衛門が決死の覚悟にて道を切り開き、連竜を誘導する。
 浅井畷は、連竜自身矢を受ける程の修羅場と化した。
 それから数刻、久右衛門は連竜をやや東にある山代橋まで逃すことに成功する。
 浅井畷にはまだ激戦が続いていた。
 斬っても、斬っても丹羽軍が涌いて出てくる。
 「沖殿、上杉とも戦ったわが軍の意地をけなしてはならぬ」
 「もっともじゃ」
 長家はあの軍神上杉謙信にも一歩も引かなかった誇りがある。
 その意地を守るために、古参の家臣が最後の力を振り絞った。
 「八田様がやられた!!鹿嶋路六左衛門様討ち死に」
 健闘むなしく、一人また一人討ち取られていく。
 「そろそろ終いか・・・」
 長中務が諦めた瞬間であった。
 「利政様の軍勢だと想われます」
 報を聞いた利政隊、太田隊が駆けつけたのである。
 <長家の意地を貫き通せたか・・・>
 長中務はホッとした表情を浮かべ、刀を持ち直した。
 そして、大声で叫ぶ。
 「一人でも多く、丹羽軍を討ち取れ」
 その言葉が、長中務達の最後の言葉であった。
  沖角左衛門
  長中務
  鹿嶋路六左衛門
  八田三助
  鈴木権兵衛
  柳田半三郎
  岩田進助
  小林平左衛門
  堀内一秀
 現在では少なくなった、義理を貫いた激戦であった。
 この九人を含む、歴戦のつわものが北陸の関ヶ原の壮ましい戦いを締めくくった。
 通常、一家の重臣が九人も命を落とすことは稀な話である。
 それほど敵味方入り乱れた乱戦であったことが伺える。
 丁度その頃、秋時雨が浅井畷に降りそそぐ。
 そして、今でもこの浅井畷に、九人の墓が倒れた方向を向いている。